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カテゴリ:ボローニャ旧市街( 12 )


2009年 04月 03日

chiesa di san petronio (サン・ぺトロニオ教会)

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piazza maggioreの南側にバジリカ派サンペトロニオ教会がある。サン・ペトロニオと言うのはボローニャの守護聖人で、彼はこの教会に葬られている。14世紀後半に自治体と自由のシンボルとして世界で一番大きい教会になるように設計されたが、当時の権力者であるローマ法王がバチカンのサン・ピエトロ寺院よりも大きい教会を作ることを許さず、上から見ると丁度十字架のように見えるべき建物の左右の翼の建築を取り止めせざるをえなかった、と言い伝えられている。イタリア何処へ行っても自分の住む町の自慢する人が沢山居るから、これもそんなボローニャ人の作り話だと思ったが、調べてみたらどうやら本当の話らしい。教会の中に入ると天井の高さに圧倒される。高さは45mだ。教会とは皆そんな風に天井が高いものだが、この教会は外の光を上手く取り入れていて内部が明るいために尚更天井が高く感じる。
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天井の中ほどに光が射しこむように丸い穴が設けられているのが見える。そして大理石の床を見渡すと向こうのほうに長い直線が描かれている。これは1655年に天文学者Gian Domenico Cassiniが作った日時計である。雲のない日には正午になるとこの穴から日が差し込んで床に記された正午の場所を照らす仕組みだ。初めて教会に入った時、私は天井の穴を探していた。ないない、と言いながらしきりに上を見上げている私を見かねたらしく、後ろから肩を叩く人が居た。振り向くと年配の男性が数人居た。ほら、あそこ。そう言って上のほうを指差して教えてくれた。本当だ、あんなところに。彼らはジェノヴァに住む元国鉄職員だそうで、年金生活の今は何かにつけて昔の仲間と一緒にイタリア中を旅するのだそうだ。ジェノヴァ人の彼らはボローニャを良い町だと褒め、ボローニャに暮らす私を酷く羨ましがった。勿論あの頃の私はといえば、ボローニャの良さなどちっとも分かっていなかったので、ふん、そんなものかしらね、などと言いながら元国鉄職員たちと別れた。250年以上かけて建設工事したが途中で資金が尽きたのか、それとも何か他の理由でか、サン・ペトロニオ教会は未だに未完成である。下半分の大理石に覆われた完成部分、そしてその上部には煉瓦がむき出しになっていて遠くから見ると黒ずんで見える未完の部分。言われなければ気がつくこともあまりない。これがサン・ペトロニオ教会の姿なのだと思えるものだ。内部も興味深いが教会の外を一周してみるのもよい。色んな表情があるのだから。ミラノの細工の美しい大聖堂やバチカンのサン・ピエトロ寺院を横に並べて比べたら恐らく地味で質素に見えるに違いないボローニャのこの教会を、それがボローニャらしいと思っているボローニャ人が沢山居るってことも記しておこう。
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by paesi | 2009-04-03 23:45 | ボローニャ旧市街
2009年 04月 02日

piazza maggiore (マッジョーレ広場)

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何処から歩き始めようか。と考えるなら、町の中心の広場から歩き始めたい。ここで人と待ち合わせをすると相手を見つけるのに苦労することもたまにはあるが、向こうの方から相手が歩いてくるのを見つけるや否や大きく手を振りながら名前を呼びあってまた会えたことを喜び合うのがとても好きだ。マッジョーレ広場。四方を囲まれたこの場所を、なんだ、何も無いではないかとがっかりする人だって居るかもしれない。私が初めてボローニャに来た時そう思ったので、そういう人の気持ちが分かると言うものだ。ここがマッジョーレ広場だと自慢げに言うイタリア人を横にしながら少し肩すかしされたような気分でもあった。でも、もしあの日の私にもう少しこの町の知識があったらば、違った目で見ることが出来たの違いない。四方を大きな堅苦しい建物で囲まれたこの広場は政治の中心であり、マッジョーレ(maggiore =より重要な、より大きい) の名の通り政治と市民が交わるボローニャ社会の中でも特に大切な場所だった。広場が設けられたのは13世紀に遡る。広場の南側にはサン・ペトロニオ教会とその隣に公証人の館、その正面にはポデスタ宮殿、広場の西側には市庁舎、東側にはビアンキ宮があり、それらもまた広場同様にボローニャの人々にとっては重要で意味のあるものばかりだ。ルネサンス時代になると広場では武器を用いた馬上の試合やサッカーの試合、そのほかにも様々な遊びが繰り広げられたらしい。目を瞑ると試合を取り囲む人垣や熱気が想像できる。人々の声が聞えてきそうだ。現在のマッジョーレ広場は子供や動物を連れて市民が集まり、学生達が広場に腰を下ろして延々とお喋りを繰り広げたり、本を読んだり。暇を持て余しているのか、それともそういう習慣なのか、老人達が数人で円陣を組んでは政治について声高く論じ合う。一見喧嘩をしているようでもあり度の過ぎた討論会のようにも見えるが、決して仲違いではない。彼らは単に自分の意見を強く主張するのが好きなのだ。その証拠に、じゃ、またね、などと言いながら肩を叩きあいなが別れの挨拶をするのである。ここは現在も政治と市民の交わる場なのである。気候の良い季節になると広場で様々なイベントが開かれる。昼間のそんな賑やかな広場を見たら、日が暮れてからもう一度見て貰いたい。春夏の遅い夜は何時までも人が絶えなくて良い季節であることをもう一度実感することが出来るし、秋冬の寒い時期には橙色の照明に広場と周囲の建物が浮かび上がり人もまばらな広場を歩いているとまるで中世にタイムスリップした錯覚に陥る。昼間とは違った表情に何度見ても心を動かされる。一見そっけない何処にでもある空間のようだけど、何かにつけて足が向く場所。ボローニャの人々にとってここはそんな場所だ。
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by paesi | 2009-04-02 23:14 | ボローニャ旧市街